みやぎ北上商工会

おすすめ観光施設

中田登米東和津山

中田おすすめ観光施設

石ノ森章太郎ふるさと記念館 =ゆかりの品々と石ノ森ワールドを堪能=
石ノ森章太郎ふるさと記念館平成12年7月にオープンした石ノ森章太郎ふるさと記念館。入口には石ノ森章太郎の子供時代のフィギュアが設置され、足元には強化ガラスでガードされた床下展示コーナーが広がります。氏の生いたちや数々の作品などを通して、多くの人に愛された石ノ森ワールドがビジュアル的に楽しく紹介されています。
http://www.city.tome.miyagi.jp/kinenkan/

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記念館周辺散策コース =故・石ノ森章太郎氏生誕の地散策=
記念館周辺散策コース故・石ノ森章太郎氏の人気漫画「佐武と市捕物控」に描かれた江戸の家並みは、氏の生まれたフルサト・中田町石森地区の家並みがモデルとなっていました。白壁の土蔵、さむらい屋敷の門堀など、その遺構は今もあちこちに残っています。

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かがの公園「浮石」 =世界一のモニュメント=
パスカルの原理によって浮き上がる石球と石円盤とを組み合わせた不思議な浮石。

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登米おすすめ観光施設

伝統芸能伝承館森舞台
伝統芸能伝承館森舞台日本建築学会が、その年もっとも優れた建築物に対して贈る日本建築学会賞を受賞した本格的な能舞台が、平成8(1996)年6月1日にオープンしました。
 能舞台は、本舞台・橋掛かり・地謡座・後座(横板)の四部分から成り、演能の中心となる三間(約5.6m)四方の本舞台は、単に舞台ともいい、四隅の柱が屋根を支えています。大小前は、大鼓・小鼓の前の意味で、切戸口は、普通は地謡・後見の出入りに用いられます。正面奥の鏡板には日本画家千住博氏製作の老松と若竹(右側面)が描かれています。後座の左側へと延びる橋掛かりは、登場・退場の通路として使われ、鏡の間へと続きます。舞台の下に置いてある瓶は、演者が床を踏んだ際のポーンと響く音響効果を高めるための大事な役割を担っており、瓶の位置・向きは、現存する日本最古の能舞台として知られる京都西本願寺北能舞台を参考に配置しています。
http://www.toyoma.on.arena.ne.jp/

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懐古館
懐古館登米懐古館は、登米伊達氏の城跡の一角にあり、本町の名誉町民で、東北開発(株)総裁、日本鋼管(株)社長、明治大学理事長等を歴任した渡辺政人氏より古稀の祝の記念事業として、登米伊達氏に縁のある同氏所蔵の文化財とこれらを保管収蔵するための施設も合わせて寄付を受け、昭和36年から一般に公開しています。その後、昭和63年から展示内容の充実を図るため増改築を行い、平成2年に新装開館しました。
館内には、仙台藩祖伊達政宗公着用の儀式用鎧等の武具や伯耆国安綱(ほうきのくにやすつな)、備前恒弘の刀剣、東京国立博物館に展示している国宝「桜閣山水図屏風」の作者である池大雅の「竹之図屏風」、仙台藩四大画家の一人である東東洋の「秋冬の図掛軸」、伊達政宗、狩野探幽、江月和尚三者の合作による掛軸、仙台三代藩主綱宗公作製の工芸品などを常設展示し、貴重な文化財約130点を収蔵しています。(展示品は、不定期に入れ替えしています。)
http://www.toyoma.on.arena.ne.jp/

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遠山之里
遠山之里施設内部は、県内、町内の特産品販売コーナーや、お客さまのための休憩コーナー、特産品を豊富に盛り込んだお休処「館山」等多くの機能を備えた総合施設となっております。
お問い合わせは とよま振興公社まで
http://www.toyoma.on.arena.ne.jp/

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国重文旧登米高等尋常小学校教育資料館
国重文旧登米高等尋常小学校教育資料館明治21(1888)年、2年半の歳月をかけて落成した旧登米高等尋常小学校(現教育資料館)は、木造二階建て、屋根は寄棟造り棧瓦葺き凹型で中央に吹き抜け式玄関が突き出し、その柱は、ギリシャ建築様式のアイオニックオーダーを簡略化した柱頭で飾り、教室の前面に吹き抜けの廊下を配した質素堅牢な造りで、明治の洋風学校を代表する建築物として昭和56年国の重要文化財に指定されました。
設計監督は、ウィーン万国博覧会(明治6年)に日本から派遣され日本建築を広くヨーロッパに紹介し、洋風建築の技術を取得した宮城県技師山添喜三郎氏によります。
昭和54年新校舎の落成とともにその役割を終えましたが、その後も高等学校、中学校の校舎改築時の仮校舎として使用され、昭和62年から保存修理を行い、平成元年に大正時代の授業を体感できる再現教室や明治からの教科書を展示した「教育資料館」として一般に公開されております。
http://www.toyoma.on.arena.ne.jp/

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水沢県庁記念館(旧水沢県庁)
水沢県庁記念館(旧水沢県庁)明治元年の戊辰戦争で政府軍に敗れた仙台藩は、領地を没収され、さらに明治2年の版籍奉還の命令により分割になり、藩から返還された地域は「県」と呼ばれることになりました。更に、明治4年廃藩置県が布告され、明治9年に現在の宮城県の県域が成立するまで何度も県の整理統合が行われ、県域が変更されました。
その中で、現在の宮城県の北部と岩手県の南部を管轄する地域を「登米県」と称した明治4年、本町に登米県庁舎が設置されることになり、7月に上棟式が行われました。そして、翌明治5年水沢県庁舎として落成し、明治8年まで使用されました。
建物の玄関は、堂々たる入母屋造りの屋根をかけ、破風には狐格子を付した純粋な日本建築となっておりますが、本棟は洋風の木造平屋建てとなっており、県内官公衙建築を代表する貴重な日本独自の洋風建築といえます。
平成元年からの保存修理では、建築当時の資料が不足していたため、登米区裁判所の前身である「石巻治安裁判所登米出張所」として使用された明治22年当時の資料を基に復元され、平成3年に宮城県の誕生経緯や裁判所当時の資料を展示した「水沢県庁記念館」として一般に公開されています。
http://www.toyoma.on.arena.ne.jp/

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警察資料館(旧登米警察署庁舎)
警察資料館(旧登米警察署庁舎)旧登米警察署庁舎は、明治21年に金成警察署登米分署から登米警察署に昇格したのに伴い、庁舎新築に着工し、翌明治22年に落成しました。設計監督は、国の重要文化財である旧登米高等尋常小学校を手懸けた山添喜三郎氏で、明治の洋風事務所建築としては珍しいもので昭和63年県の重要文化財に指定されました。
構造は、木造二階建て下見板張り白ペンキ塗り寄棟の瓦葺きで、突き出した玄関は、上下とも吹き抜けで二階部分はバルコニーとなってます。屋根はペディメントで鬼瓦が載せてあり、玄関屋根下の白壁には今なお金色の警察紋章が輝いており、柱には堅溝を彫りつけ柱頭は、アイオニックオーダーで飾られています。復元途中に建設当時の留置場の基礎が発見されましたので、本庁舎と併せて留置場を再現し、全国でも珍しい明治の留置場が付設されました。
昭和43年新庁舎の落成に伴い警察署庁舎としての役割を終えた後、商工会が使用していましたが昭和61年保存修理を行い、翌昭和62年警察関係資料を展示した「警察資料館」として一般に公開されています。
http://www.toyoma.on.arena.ne.jp/

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武家屋敷 春蘭亭
春蘭亭観光客のお休み所としてご利用いただいております武家屋敷「春蘭亭」は、登米伊達藩の家臣鈴木家の屋敷です。鈴木家は、紀伊の国(現和歌山県)熊野の鈴木氏から別れた一族で、慶長9(1604)年、登米伊達初代藩主相模宗直公に伴って岩手県水沢城から登米に移住してきました。
登米の武家屋敷は、別棟の「ひろま」と称する書院座敷を前面に配するのが一般形式です。しかし、鈴木家住宅は、この書院座敷に相当するものを別棟とせず、直接主屋に上手に取り込んだ「直ご家形式」となっており、上層家中侍住宅としては珍しく貴重な侍住宅遺構といえますが、残念なことに創建年代は不詳です。
平成元年に、この屋敷を鈴木家より寄附されました。町では、早速保存修理を行い、囲炉裏を囲んだ喫茶コーナーを設け、平成2年にオープンしました。春蘭亭の名の由来は、この地に自生する春蘭を加工した「春蘭茶」を提供することから名付けられました。
http://www.toyoma.on.arena.ne.jp/

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登米歴史民俗資料館
登米歴史民俗資料館伊達2万1千石の城下町から収集した民俗文化財です。
江戸時代から昭和にかけての様々な農耕具や生活用品が、5,000点余り展示されています。素朴な人情と先人のたくましさを伝える資料館です。
開館   9:00〜17:00
休館日  無休
入館料  大人300円 学生150円(団体割引20名様より50円引き)
http://www.toyoma.on.arena.ne.jp/

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蔵の資料館
蔵の資料館海老喜は、天保4年(1833年)に、初代海老名喜三郎が、みそ・しょうゆの醸造業として創業しました。その後酒の醸造もはじめ、みそ・しょうゆ業界では宮城県でも最古の歴史をほこっています。
この資料館として公開している蔵は、海老喜が明治41年まで清酒「君が代」を造っていた酒蔵です。この酒蔵は、その後約85年間、手を加えられず昔のままの姿を現在にとどめています。蔵の中には、酒仕込み専用に使われた井戸があり、また、酒の(酒母)を造った中2階の酒母室もそのまま残っています。
また、15名〜80名様まで、もう1つの蔵(エビキホール)の中で完全予約制にてお食事を御用意いたします。お気軽にお問い合わせ下さい。
http://www.ebiki.co.jp/

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アンティーク資料館
アンティーク資料館本資料館は明治27年に造られた土蔵を利用し、明治初期から現代までの大衆薬と度量衡(はかり)の歩みを語るアンティークな品々を展示しています。
また、「くすり」の金看板・ポスター類なども展示、館内はレトロ感たっぷりです。
開館   9:00〜17:00(都合により臨時に閉館の場合もあります)
休館日  不定休  駐車場  完備
問合せ先 伊新薬局 TEL 0220-52-2024

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登米の桜並木
登米の桜並木登米町のほぼ中央を流れる北上川沿いの国道342号(日根牛側)には、1キロ以上にわたり77本の桜の木が道路の両側に並木をつくり、例年4月の中旬には桜のトンネルとなり、人々を魅了しています。

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東和おすすめ観光施設

鱒渕川のゲンジボタル〜ゲンジボタルの生息北限地〜
鱒渕川のゲンジボタル東和町米川地区の鱒渕川(ますぶちがわ)では国の天然記念物指定でもあるゲンジボタルの生息地になっています。
例年6月下旬〜7月上旬にかけて、夕闇せまる清流鱒渕川の水面には数千のホタルの乱舞を映し出し、夏の風物詩の一つとされ多くの観光客を喜ばせています。 また、期間中は地元の「ホタル保存会」、「ホタル愛護少年団」の方々による駐車場や交通整理等の協力を頂いておりますので、是非、東和町の美しいゲンジボタルの乱舞をご鑑賞ください。
(例年6月下旬〜7月上旬が見頃 ※要確認)
ちょっとしたホタル豆知識
ホタルは世界に2000種類確認されているそうです。このうち、日本には約30種類生息されています。その中で強い光を発するホタルはゲンジボタルとヘイケボタル、ヒメボタルなどです。その他のホタルは発光しなかったり、幼虫の時期だけ発光したりと様々なホタルがいるそうです。
東和町にも有名なゲンジボタルのほかにもヘイケボタルやヒメボタルが各地で生息しています。(以前はクロオバボタルも生息。)
◎ゲンジボタル(ホタル属)
ゲンジボタルゲンジボタルは青森県が北限といわれ、九州や中国地方などの温かい地方に多く生息しています。体長はオスが約14mm、メスが約20mmほどで、オスは飛びながら約4秒に1回発光し、集団で同時に発光を繰り返します。
東和町での成虫の出現期は6月下旬〜7月上旬で、出現期の終わり頃になると、メスは水際のコケなどに、500個〜1,000個の卵を産みます。卵は約1ヶ月でふ化した幼虫はすぐに川に入り、日中は石などの下に潜み、主に夜間カワニナを食べて育ちます。小さいうちは小さなカワニナを食べますが、大きくなるにつれて大きなカワニナを食べるようになります。成長した幼虫は、20〜30mmほどになり、サクラが満開になる4月〜5月にかけて暗くて暖かい夜に岸辺にはい上がり、土に潜り土まゆをつくります。幼虫は5週間ほどでさなぎになり、さらに2週間後に羽化します。
ゲンジボタルの餌となるカワニナは清流を好むため、汚染された川では生息は困難だと言われています。  地元の「ホタル保存会」の方々の努力によりゲンジボタル生息地付近の環境はきちんと清流が保全され、餌となる「カワニナ」も大量発生し、ゲンジボタル群生の元となっています。
しかしここ近年は護岸工事等が進むにつれて、ゲンジボタルの発生も減少してきています。これからも東和町の豊かな自然と源氏ボタルの里を永遠に残し続けていければと思います。

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キリシタンの里〜キリシタン遺跡〜
キリシタン遺跡白いチャペルと森のある米川の集落には、キリシタンの史跡が数多く残り「東北の長崎」とも云われています。
東和町とキリシタンとのつながりは約四百年前にさかのぼると云われています。永禄元年(一五五八)この地に製鉄の秘法が伝えられ、製鉄場のことを当時は炯屋(どうや)と呼び狼河原村の朴の沢、竹河原、小出沢の三ヶ所に炯屋が設けられました。製鉄の仕事のとき、ある「おまじない」を唱えると、よく熔けると教えられ、唱えごとを信じるようになっていったといいます。実は、その唱えごとが、キリスト教だったというのです。
しかし、当時の幕府はキリシタンの布教は許しませんでした。元和六年(一六二〇)と同九年(一六二三)幕府の命により仙台藩でも大弾圧が行われたそうです。さらに寛永十六年(一六三九)と十七年(一六四〇)の二大弾圧によりキリシタンの姿は見られなくなってしまいました。その頃、狼河原村綱木では、朴の沢と海無沢、老の沢の三ヶ所に鉱山が発掘され、隠れていた信者たちが出てきて働くようになるにつれ、藩の取り締まりも厳しくなり、三ヶ所の信者のうち転宗に応じなかった百二十人が処刑される結果を招いてしまいました。百二十人を三ヶ所の経塚に分け四十人ずつキリストの経典とともに埋められ、その上に松の木を植え弔いました。それを三経塚と呼んでいます。現在は海無沢の一つだけが残っています。
キリシタン遺跡毎年、弾圧され殉教したキリシタンを偲んで行われる「キリシタンの里まつり」(6月第1日曜日開催)は昭和五十七、米川カトリック教会と信徒会が合同で三経塚殉教祭として野外ミサを開いたのが始まりといわれ、昭和六十三年から宗教色を薄めて現在の祭りの名称に変更しました。お祭りでは恒例の「青空ミサ」(三経塚)のほか、幸呼里つなぎ公園を会場に地域特産品や山菜そばなどの物産展も開催し、多くの信者や観光客でにぎわいます。

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米川の水かぶり〜八百年の伝統〜
米川の水かぶり最近、テレビ等でも取り上げられ脚光を浴びております火伏(ひぶせ)祭り「米川の水かぶり」は、顔にすすを塗りわらを裸体にまとった男達が、奇声を発しながら家々の屋根に水をかけて歩く奇祭としてとても有名です。
実に八百年以上も昔から一年も欠かすことなく続けられている由緒ある伝統行事ですので是非一度ご覧下さい。
また、国の重要無形民俗文化財にも指定されております。
(毎年2月初午(はつうま)の日実施)
米川の水かぶりの歴史
米川の水かぶりこの行事は毎年二月の初午に東和町米川地区五日町の成人男子によって行われる火ぶせの祭りで、二月の初午の朝、寒い風の中を宿元の菅原家に集まります。(「菅原家の場所は昔の行屋跡であろう」と、学者は言っています。)昔は年男すなわち、二十五歳、四十二歳の厄年の男達がその年の厄払いと、火伏せ(ぶせ)を兼ねたような祭りでもありました。しかし最近は若い人が少なくなったため東和町米川地区五日町の男なら誰でも良く、年齢に関係なく出ています。
菅原家でその準備をし、各自、自分の物は自分で作る。荒わら(打たないわら)で、七五三(しめ)縄を三本作ります。この他に頭にかぶるこうかんも作られます。これは各自、皆形が異なり、昔から作られた型なので色々と変わって作られています。しかし頭からすっぽりかぶって頭の見えないようにするところは皆共通であります。この顔が見えないようにするのは人間ではなくなるという意味であります。昔は顔に、なべ墨をぬったというが、今はあまりやらなくなりました。
八百年前藤原秀衡が奥州三十三観音の十四番目の札所として、諏訪山の山上に大慈寺を建立した頃は大慈寺には多くの雲水がいました。(雲水とは若い修行の僧のことです。)川に近く昔は水ごりを取って出発し、大慈寺境内にある秋葉神社に参拝して住職におみき(神酒)を頂き、初めて神の使となるもので、梵天を持った雲水が先導で町の年男も交じり各戸に水をかけ、また水をかけられていったものであろうと思われます。雲水たちがだんだん少なくなるにつれて門前町である東和町米川地区五日町の年男達が多く入って、今日に及んだものであろうと伝承されています。
祖先から伝えられてきた、奇祭「水かぶり」を永久に続けなければならない、ということで戦争中の男のいなくなったときでも、一年も休まずに続けられてきたお祭りなので、これからも永久に続けられていくものでありたいです。八百年前から続けられている奇祭「米川の水かぶり」をぜひ、一度見てみる価値はあると思います。
(参考資料 東和町史より)

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綱木之里大名行列〜四百年の伝統〜
綱木之里大名行列約四百三十年前の永禄七年(一五六四年)から始められたと伝えられている「綱木之里大名行列」は町の無形民族文化財にも指定されています。
大名行列の見所は、ホラ貝と花火を合図に袴姿の露払いを先頭に、騎馬先陣、道中奉行、挟み箱や毛槍を持った奴、天狗と獅子、おみこし担ぎ、稚児行列と総勢約百名により繰り広げられる一大歴史絵巻です。
また、威勢良く毛槍を相手方に投げる「お取り替え」などは、沿道の人々の目を楽しませてくれますので是非、一度観光にお越しください。

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三滝堂ふれあい公園
三滝堂ふれあい公園北上川の支流、大関川の景勝地として名高い「三滝堂ふれあい公園」は、野外炊飯やいも煮会、キャンプ、水遊びなどが満喫できます。園内には、野外炊事場、野外卓、水道、水銀灯、ファイアーサークル等の設備も完備しております。
また、園内にある山の傾斜を利用したフィールドアスレチックは、子供達に大人気です。是非、「三滝堂ふれあい公園」にご家族、グループで遊びにいらしてください。
※ 夏休み期間中は連日、大変混雑しておりますのでご注意ください。

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不老仙館(ふろうせんかん)
不老仙館この建物は承引作りといって室町から安土桃山時代にかけて、武家住宅の様式の流れをくむ造作である。
この不老仙館は、伊達十三代楽山公の嘉永五年(1852)領内巡視の際の宿泊所として建築したものであったが、明治39年にこの地に移転したもので、完成まで3年を要した。
床面積330平方メートル。部屋数は10、一階には武者隠しがある珍しい建物である。

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林林館
林林館道の駅「林林館」は、東和町内を縦貫する国道346号線沿いにあり、豊かな緑に囲まれた東和町の中心部に位置します。喫茶・立食コーナー・生産物直売所・展示コーナー・地域情報提供コーナー・公園に駐車場105台(うち大型8台、バリアフリー対応4台)トイレ等が整備され、ゆったりと「くつろぐ」ことができる空間を提供します。
ホタルの発生する豊かな森、大自然の中のお茶屋さんで「いっぷく」していただき、町内で生産された新鮮な野菜、山菜、きのこ等旬の食材を取りそろえた生産物直売所、木々や草花の香り、そして、一面緑の景観で癒し効果を十分にご堪能下さい。

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津山おすすめ観光施設

柳津虚空蔵尊
柳津虚空蔵尊うっそうと茂る木々の中に閑静なたたずまいをみせ福島県の会津柳津や山口県の柳井とともに日本三虚空蔵尊に数えられています。
年末・年始には近郷近在から参拝客が集まり境内は身動きができないくらいとなります。

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もくもくランド
もくもくランド国道45号線沿いに穏やかなたたずまいをみせているのが『もくもくランド』で道の駅にも指定されています。
『もくもくランド』内には、クラフトショップ(津山の豊富な杉材で創られた木工芸品の展示即売)をはじめクラフト教室等の木との体験コーナーが楽しめる施設があります。
各施設が『木のお城』を思わせるユニークなデザインで“木の温もりとのふれあい”を十分に味わうことができるウッディランドです。

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横山不動尊
横山不動尊日本三不動の一つに数えられる横山不動尊の御本堂は、津山杉が蒼然と立ち並ぶ中に威風堂々たる構えをみせています。
境内に建つ青銅五重塔は宮城県重要文化財に指定されています。
また、境内のお池に生息する『ウグイ』も天然記念物に指定されています。

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